2013年7月19日金曜日

日本人の半分前後が日々お仕着せの服を着て平気な風景はちょっとだけキモチワルイ


選挙に行くことは特別なことではない。

何らかの形でムラのために前面に立つ人たちを選ぶ行為は大昔からやっていた。順位付けの行動と考えればサルだってやっている。

朝起きて、今日は何を着ていこうかと考える。結局いつもと同じようなダサダサの服になったとしてもともあれ考える。一方で身近な誰か(ママ?)に一式用意してもらってそのまま着て出掛ける人がいる。汚れた時やすり切れた時の衣服の補充も当然全ておまかせ。
用意された世の中に何の疑いも持たない。自分の仕事や勉強、遊びやコイビトやトモダチのことで忙しくて糞ダサい社会のことなんて眼中に無い。

サルに置き換えれば、順位決定のための戦いなんて面倒だし野蛮じゃん。時間の無駄無駄、不戦敗でいいよ、あの図体のデカいやつに任せた!って感じ。まあ、現実のサル社会ではそんな奴は孤立して結局は群れから去ることになるのだろうけれど。

でもここは猿山じゃない。進化した人間様wの世界。

不戦敗を選んだ人たちの中からも役に立ったり後世に残るような仕事を成す人は多く出てくるだろう。選ばれた為政者たちにとっては、無関心だけれど真面目に高い税金を払ってくれるようなタイプが一番重宝するわな。どんな政治をしようと無関心だからオールスルー。戦争するよって言われたってOK。
これだけ人口が増えたのだから半分も投票すれば十分のような気もする。今はそういう社会なのだ。選挙なんて行っても行かなくても関係ない。アリの世界だって群れの総数に関係なく役割分担の割合は決まる。必ず一定数のニート蟻がいるのが彼らの社会。

選挙に行かないことも特別なことではない。

何人かは、いい加減な1票や組織票を投じる人以上に深く考えてその結果棄権を選ぶのだろう。いや、テキトーでも組織票でも熟慮の末の棄権でも、関心無しのスッポカシだって何でもアリ。0票は0票、1票は1票というだけのことだ。

日本人の半分前後が日々お仕着せの服を着て平気な風景はちょっとだけキモチワルイ気もするけれども、なかなか子供の頃からの習慣というものは変えられないよね。
お仕着せデフォルトの側から見れば服装選びなんてご苦労なこった。馬鹿じゃないのと思われているかもしれないけれどこちらも習慣だからなかなか変えられない。

自分のことを言えばとりあえず選べるものは選びたい欲張り気質。
身の回りのことで人を選べば色々角も立つ。
その点選挙は後腐れ無いからね。スパッと切ったり張ったりできる。馬券のように当たったからといってその場で濡れ手に粟ということはないけれど。
日々世間と若干ズレた暮らしをしていると、こういう機会にちょこっと社会にアクセスしたくもなる。それは世の中との出入り口の替わりに、くだらないと分かっていながら仕事中も背後でテレビをBGM的に付けっぱなしにしておく感覚と似ている。単純に投票所のフラットな空気が嫌いじゃないってこともある。
今度の参院選みたいに大方結果が判ってしまっているような選挙でも、大勢の人や金が動けば何かしら酒のツマミになるような事象は多少出てくるもの。負けゲームでも勝ちゲームでもそれなりに観戦の仕方はあるもんだ。