2010年5月15日土曜日

アイコン

おおもとは自分の写真をトレスしてベクター画像にしていたものを、アンカーポイントを少なくする方向でパスをいじり、どんどんロゴマーク的に持って行こうとしてしまうのは職業病。

その度に遊びで色調も変えてみたりする。でも気にしているのは色よりもパスやカーブ。
おかげでだんだん本人とは別の画像になっていっているような気もするけれど、面影が無いわけではないと思う。そんなもんでいいんじゃないかな。

数年前はWEB上で何かをするのにアイコンなんて気にしていなかった。ユーザ名さえあればよかったわけで、その辺が変化してきたことのひとつだね。みんな様々工夫して楽しいアイコン(アバター)を使っている。twitterのフォローでいうと猫画像が多いのは、やっぱ好みの方向が合う人をフォローしたくなるっていうことなのかな。みなさんとりたてて猫のことをツィートしているということもないからほんとたまたま気がつくとって感じ。別にアイコンでフォローするかどうか決めているわけじゃないし(あ、いやほんの若干はそれもあるか)。

猫といえば、飼い猫について書く方の多くがうちの子、私の子という言い方をされる。それはそれで大変微笑ましいと思う。僕は以前あるアパートで野良所属のメス猫と同居させてもらっていた(家賃は僕が払っていた)。自分ではもちろん、誰が見ても彼女が母、僕が息子という風に見えたと思う。その後僕は母親を見捨てて引越した。別のアカウントでその猫の写真をアイコンにしている。自分のものと並べると、やっぱり親子。

WEB上での人格だってやっぱりあって、現実の自分とは全く違っていても構わないと思う。匿名だってなりすましだって、人に迷惑をかけない範囲でやりたいようにやればいいんじゃないかな。いずれにしても現実と全く切り離されて、ネット上の自分が意志を持って現実が知らない間に勝手に動き回るということはないのだから。

だから、アイドル風アイコンを使ってビショージョになりすますのもアリ。僕はシュミじゃないのでやらないけれど。

Posted via email from Confish Day